世界史と物理学と天文学の境界
天文学史の選択授業準備のために,世界史担当の教諭と打ち合わせしていて思い出したこと.今回の選択授業では古代ギリシアからルネサンスにかけて,天動説から地動説へ価値観が転換していく過程を追うつもりである.その中ではプトレマイオスやガリレオなど天文学者が数多く登場するのだが,その系譜を眺めているだけでも実に面白い.
例えば,中世の中央アジアにウルグ・ベクという皇帝がいた.現在のウズベキスタンにあたる地域は,モンゴル帝国に侵略された際に壊滅的な打撃を受けた.この地域はティムールによって再興されるのだが,そのティムールの孫がウルグ・ベクである.ちなみに,こんな人*1.
彼は天文学者としても名を上げていて,現在のサマルカンド郊外に巨大な四分儀を建設している.昨夏にその史跡を訪れたときの写真がこちら*2.タイルで覆われた建屋の中に大きなカーブを描いた坂がある.これが四分儀だ(建屋は四分儀を保護するためのもので復元ですらない).元々は,こんな感じ*3の建物だったようで,天文学者は,太陽の南中したときに建屋から差し込む光の当たる位置をもとに,太陽の南中高度を精密測定していたらしい*4.
さて,現地の博物館にはこのウルグ・ベクの名の入った天体カタログが展示されている.そこにはウルグ・ベクと共にプトレマイオスやティコ・ブラーエ,ハレーなどの名も並んでいる*5.これが実に興味深いのだ.古代ギリシアの知識はヨーロッパ(ラテン語世界)に直接は入らず,一度,イスラム世界を経由している.そのため,諸々の書物もギリシア語からアラブ語,そして最後にラテン語に翻訳されたと言われている.天動説理論を組み立てたプトレマイオスはアレクサンドロス帝国分裂後のアレクサンドリアにいた学者であり,古代ギリシアの系譜を組む人物である.彼と中央アジアのウルグ・ベク,そしてヨーロッパのティコ・ブラーエなどの名がこうして並んだ書物は,まさに知識がヨーロッパに引き継がれた過程を表しているわけだ.ティコ・ブラーエは高校物理や地学で登場するケプラーの師匠である.そして,ケプラーの発見した惑星運動の3法則を地上の現象と結びつけ,力学体系を作り上げたのがニュートンである.こうして,天文学や物理学の名を並べてみると人類の知識獲得の歴史が紐解けるわけだ.
最後に,場所は飛ぶが,キューバのハバナにあるプラネタリウムの入り口がこの点で印象的だった*6.エントランスには古代から現代までの天文学者の名がずらっと並ぶわけだが,「アリストテレス*7」「ヒッパルコス*8」「ケプラー」「アインシュタイン」「ガモフ*9」など古代から現代まで,哲学者や物理学者も含めて重要人物を落とさず網羅しており,これをデザインした人の見識の深さを見てとれる.こうして見ると,分野の境界をどこに引くかは,なかなか恣意的な問題になることが分かるだろう.