空と君のあいだに

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期末試験の反省(出題者編)

先日,試験についての私の考えを書いた.その関連で,今回は2学期の期末試験についての反省を書こうと思う*1
rinsan.hatenadiary.com

私が担当する高校地学基礎の,今回の試験範囲は天文分野だった.中間試験以降の2学期後半は授業回数が少なかったため,銀河や惑星の話題の多くは省略し,特に恒星に関して重点的に話をした.その中の1つのトピックに「主系列星の解釈の変遷」がある.

主系列星は下図に示すように,その光度と色に相関を持つ天体である*2.図中の``Main Sequence"が主系列星に該当し,主系列星は青い星ほど明るく,赤い星ほど暗い.この主系列星は,核融合が発見される以前,青く高温の状態から次第に赤く低温の状態に変化すると考えられていた.内部に熱源がないと次第に恒星は冷却するとされたわけだ.そのため,青い主系列星は「早期型星」,赤い主系列星は「晩期型星」と呼ばれた.ところが,核融合の発見に伴い,恒星内部には熱源が存在し,青く高温の主系列星と赤く低温の主系列星は異なる種族に属すると考えられるようになる*3.早期型星と晩期型星という呼称は今でも一部に残っているが,それは過去の名残りというわけだ.
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主系列星の解釈に関する考察からは普遍的な教訓を引き出せる.異なる見かけの何かが見つかったとき,

  • それらは,本質的に異なる種族に属するものである(種族)
  • それらは,同じ種族の中で一方から一方へ変化するものである(進化・成長)

という2つの可能性を持つのだ.実際,これは天文学に限らない.例えば,カボチャやヘチマには雄花と雌花という異なる種類の花が咲くが,ゲンノショウコという植物に咲く花は雄花から雌花に姿を変える.1つの花の中で,おしべとめしべの発達速度に差があるわけだ.見かけの異なる何かが時系列で並ぶか否かは,あらゆる考察を始める前にまず考えるべき可能性なのだ.

さて,今回の試験は以上を背景にこんな問題を出した.
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まず,最初の問いで雄花と雌花のかわりに「カエル」と「オタマジャクシ」に関して,先に述べた2つの可能性を挙げさせた.そして,それと全く同様の考察をクェーサーに関しても行わせるというものだ.ただ,クェーサーなど遠方にある観察対象については,この2つの考察だけでは不十分である.なぜなら,遠方のクェーサーは一つの角度からでしか観察することができず,従って,その形状がどの方向から見ても同じとは断定できないからだ.逆に言えば,主系列星の考察では,主系列星が太陽と同じような球形であると暗黙のうちに仮定してしまっていたわけだ.このように,遠方の観察対象に関しては,異なる見かけのものが見つかったとき,

  • それらは,本質的に異なる種族に属するものである(種族)
  • それらは,同じ種族の中で一方から一方へ変化するものである(進化・成長)
  • それらは,同じ種族を同じ時期に見たものだが,観察する角度によって姿を変えるものである(角度)

という3つの可能性を考慮しなければならない.本問は,解答に至るまでに,遠方から天体を眺めることしかできない天文学の難しさに気づいて貰う目的で出題した.

以上の趣旨に関してはおそらく多くの人々に納得頂けるところだとは思う(Facebookでの議論もこの点では収束したように思う).だが,問題文に隙が多く残ってしまったのが失敗だった.第一に,問題文だけからは正答が一意に定まらないのだ.結果的に「授業で話した内容が正解」というセンスの悪い問題になってしまったのが反省である.例えば,「カエルがオタマジャクシを捕食する関係にある」「オタマジャクシがカエルを捕食する関係にある」と答えても2つの可能性を挙げたことになる.第二に,「2つはどのような『関係』にあるか考察せよ」という聞き方が良くない.正答と想定していた「2つは本質的に異なる種族に属するものである」は,要は2つには関係がないということだ.「関係があるか」尋ねてるのに「関係がない」が答えになるというのは変な話だ.第三に,「考察」という言葉の指し示す範囲にも共通認識が見出しづらいようだ.Facebookで議論に加わってくれた天文学や物理学の研究者にとって,この場合の「考察」は,先に述べた2つないし3つの可能性で場合分けしたあと,それらが具体的にどのような仕組みで生じるのか推察する行為を指し示すと捉えたようだ.一方で,私は2つないし3つの場合分けも立派な(かつ,中高生が取り組める現実的なレベルの)「考察」であると捉えており,そのために問題文について共通認識を抱きづらかった.以上を踏まえると,

これら2つの発見という事実を考察するにあたって,まず最初に行うべき場合分けを述べよ

とすればまだ解答の幅が狭まったように思う.もちろん,この聞き方でも「カエルがオタマジャクシを捕食する関係にある場合」「そうでない場合」と答えても正解にはなってしまうわけだが,そこは解答の持つ説得力という観点で他の答案と相対評価を行えるだろう.より良い改善案があるだろうが,少なくとも今回の出題よりは良い.

とにもかくにも,オリジナルな論述問題を出題するというのは難しいものだ.

*1:これまでも,作成したいくつかの問題はFacebookに投稿して周囲の反応を伺っている.今回話題にする問題はその評価が思ったより芳しくなく,反省点が浮き彫りになったので,ここに書き留めようと思った次第である

*2:図は英語版Wikipediaへの直リンク

*3:具体的には質量に依存して,異なる温度と光度を持つ