空と君のあいだに

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小学校では地動説を教えない?!

最近,一部で話題になっているこの記事に関して思う所.
togetter.com
最初に結論を述べると,まとめ主の言いたいことも分からなくはないが(部分的には肯定できる),焦点が絞れていないがためにコメント欄での議論が発散してしまっていると私は感じている.


まず,@kumi_kaoru氏の地動説の指し示す範囲が不明瞭である.一口に地動説と言っても多様である.例えば,高校地学の資料集などに掲載される中にも

  • アリスタルコスは月食における地球の陰の大きさなどから,地球,月,太陽の中で最も大きいものは太陽であると考え,その太陽こそが中心にあるべきと考えた
  • コペルニクスは惑星の逆行運動などを説明するには,プトレマイオスの理論のように離心円,周転円,エカントを導入する必要がなく,太陽が中心にあれば良いと考えた.

といった複数の地動説理論がある.前者は地球,月,太陽の3天体に関する体系で,後者は水星から土星までの惑星系に関する体系である.小学校の理科で取り扱うのは地球,月,太陽までなので前者が話題の中心なのだろうか.ただ,アリスタルコスの地動説には論理の飛躍があり,万有引力の発見されていない当時に最大の天体が中心であるとする合理的な根拠はない.かつ,根拠となった観測にも大きな誤りがあることが知られている.そのため,科学史としてはともかく科学として学習する題材には直接はならないだろう.


ところが,@kumi_kaoru氏の主張である「小学校で地動説を教えない」の論拠の一つとなっている東京書籍の見解では下記の回答がなされている.

小学校理科に対するQ&A
Q: 3年の太陽の移動についての説明で,「太陽は,いつも少しずつ動いています」と言うと,天動説ではありませんか?「太陽の位置が少しずつ変わるからです」の方がよいと思いますが。
A: 3年で,物によって地面にできるかげの位置の変化をとらえる際に,太陽の動きと関係づけて取り上げるように学習指導要領では規定されています。ご指摘のように天体全体の日周運動にまで視点をあてると,天動説に問題が及びますが,当該の学習では太陽の位置の移動を見かけの動きを前提にして取り上げるよう規定されているため,教科書では「太陽は,いつも少しずつ動いています。」と示しています。また,次項では太陽の日周運動を考え,観察する設定になっていますが,これについても学習指導要領では「太陽が東から南を通って西に動くことを取り扱うものする。」と規定しているため,太陽の位置の移動については単元全体として統一した表現にする必要があります。さらに,発達段階から考えても,小学校では,子どもが観察でとらえたありのままの表現として「……太陽は,少しずつ動いています。」としています。地動説的な見方は,地球の自転,太陽系での太陽と地球の位置関係などがわかって初めて理解できるものと考えていますので,中学校での学習内容と判断しています。

中学で学習する主に地動説は惑星系も含めたコペルニクスの再発見した体系を含むものであり,これには惑星運動も含まれる.小学校では惑星を学習していないので,氏の主張はコペルニクスの体系にはないだろうと考えられたが,ここでこの資料を引用しているあたり,コペルニクスの体系を指す可能性もある.この時点で主張の焦点がどこにあるのか分からないので議論は行きどまりになる.そもそも科学的には太陽が中心にあると判断する合理的根拠は肉眼による太陽,月の観察からは得られないはずだ.


主張の焦点がぼけている以上,相手の主張に推測を重ねるわけにはいかないので以下は私の見解である.


小学校理科では地球から見た天体の運動をまずは取り扱うことになっている.「固定された観測者と天球面」は天動説的かもしれないが,それ自体は天動説ではない.天球面は地球から見た天体の運動(つまり,直接の観測量)を記述する手段であり,この手法自体はモデルや学説に依存するものではない.地上から天球面上に記録した天体運動から規則性を見つけようという身近な理科を尊重しているのが小学校理科であり,これが題材となること自体には全く問題はない.繰り返しになるが,これは必ずしも天動説を意味しない.つまり,小学校で学ぶ「太陽や月の運動・見え方の理解」と「天動説/地動説のパラダイムシフト」は別の話題なのだ.小学校で大事にしているのは前者.小学校では確かに地動説にふれてないけど,同時にそもそも天動説すら扱ってはいない.


ただ,現行のカリキュラムにも問題点がないわけではない.地球の自転・公転と天体運動の結び付けは中学で学習することになっている.つまり,太陽と地球の相対運動において,小学校までは地球を原点においた座標系だけが採用され,太陽のみ動く視点だけが取り扱われる.一方,相対運動の解釈においてこの議論は片手落ちで,太陽に座標原点をおいて地球が動くという解釈(あるいは両方が動くという解釈)があっても良いはずである.この点は天文教育普及研究会から出された時期学習指導要領の要望書*1でも指摘されており既出の話題である.ただし,これも従来は多くの学習者にとっては困難な話であった.天球面における天体の二次元運動と,三次元の宇宙空間における天体運動をを結びつけるのは学習者にとって想像以上に難しい(そして,分かってしまった人にとってはその難しさが分からない).特に,地球を俯瞰する視点での観測量がないのに,天球面の運動と結びつけろというのは空間把握能力が育っていない子には酷な話である.ところが,現在だと気象衛星等の充実で俯瞰する観測量が得られているので,地上からの視点と俯瞰する視点を結びつける手段の一つとなっており,敢えて地球が動く可能性に触れない必要もなくなってきた.つまり,現在進行形で改善の進む分野なのである.


以上で述べたように,確かに現行カリキュラムに手落ちがある.だが,@kumi_kaoru氏の批判の矛先が果たしてその部分(太陽と地球の相対運動の解釈)に向いているのか,それとも惑星系を含めた地動説を向いているのか不明瞭である.後者を指しているのだとしたら同意できないが,前者を指しているのなら同意できるといったところだろうか.